かちかち山は成人指定か有害図書だろ。ハンムラビ法典は世界共通の因果応報なお話

子供が読んでいたかちかち山をこっそりと読み返してみた。改めて読むと、大人だったらほんの数分で読める内容であるのだが、それはもう凄まじい内容であった。絵がカワイイから騙されているだけ。

かちかち山の絵本 タイトル

結論から言うと、ハンムラビ法典の『目には目を、歯には歯を』は世界共通の、人間が根源的に持っている感情の発露なんだと分かった。しかし、内容は幼い子供向けの話なのか甚だ疑問が残る。映画にしたら成人指定だろ、これだと。

登場人物

  • おばあちゃん  善意の被害者
  • おじいちゃん  人喰い
  • たぬき     愉快殺人鬼
  • うさぎ     キラーエリート

おじいちゃんの失敗

最初にたぬきを捕まえたときに、さっと絞めてしまえばこんな凄惨な事件にならなかったはずである。すぐに殺さずに縛りつけておいたのは、実はほかのたぬきに対する見せしめでもあった可能性も否定できませんが、その際は猿ぐつわでもはめて勝手にしゃべらせないようにするのが常套手段なはずです。

漫画や映画でもよくある光景ですが、本当に殺す必要があれば能書きを垂れる前にさっさと殺ってしまうのが普通なんだとおもいますが、これではドラマにならないので演出上仕方がない部分なんでしょう。北野映画はわりとそこいら辺を分かって作られている気がします。

あげくにたぬきの作った『ばば汁』を食べる羽目になるのですが、飢きんの際に死者の肉を食べたりしていた事実があるので、これに対する戒めなのでしょうか?

おばあちゃんの失敗

これは失敗の典型ですが、人間と動物の関係性を端的に表しているともいえましょう。

おじいちゃんがたぬき汁を作れと言っていたのに約束を守らず、たぬきの口車にまんまと乗せられてしまい、殺さる羽目になります。

人間と動物の価値観は違うんです。おばあちゃんは人間の持つ行動指針の一つである性善説に基づいてたぬきを解放してあげた可能性がありますが、しょせん動物であって、さらに恨み憎しみに燃えたぎるたぬきにはそんな甘い感情は通じません。なにしろ動物ですからね。イタチやブタの考えてることなんてわからないのと一緒です。

本来ならおじいちゃんに向けらるべき暴力的な衝動は、おばあちゃんを殺害することと、さらにそれをおじいちゃんに食べさせることによって、結果的により残虐で過酷なダメージをおじいちゃんに与える事が達成できたと思われます。しかも、骨と肉をきちんと選り分けて調理しているところに、愉快殺人鬼ならでは感情がうかがい知る事が出来ます。

キラーエリート。うさぎ

人は見た目によらない。

うさぎのような見た目にも可愛らしく愛くるしい生き物が、まさかこれほどまでの残忍な拷問の仕方を知っているキラーエリートだとは誰も考え付かないでしょう。これが、オオカミだったら誰でも理解できるし、危険な雰囲気もはらんでいます。

人間の世界でも同じで、悪い奴ほど普通の人に紛れ込んで生活しています。このうさぎもいくつもの名前を持って行動しているようです。最後までたぬきはそれを見破れませんでした。よほどの周到さです。

たぶんですが、うさぎはおじいちゃんから報酬を得ている事でしょう。何が報酬だったかまでは明記されていませんが、興味本位や義侠心で仇討ちをするほど浅はかではないはずです。時代が違いますから価値観が現在とは多少違うかもしれませんけども、キラーエリートのうさぎだってヘタをすれば反対にぬきに殺される可能性もあります。

たぬきの背中に火を放つうさぎ

背中が盛大に燃え上がるたぬきを見て、嬉しそうなうさぎです。痛めつけることに快感を感じているのでしょうか?この本に出てくるのは、精神的にエキセントリックな者ばかりです。

私刑に処されるたぬき

愛くるしいキラーエリートうさぎに火を放たれ、からしを塗られ、最後は泥舟ごと溺死させらる哀れなたぬきなんですが、同情の余地はありません。これは読者(昔だったら話の聞き手)が残忍なたぬきにはこうなって欲しいと願っている事ですから。

ただ、いくら人殺しのたぬきでもここまで惨く殺される必要があったのでしょうか?

ハンムラビ法典196・197条にあるとされる(旧約聖書新約聖書の各福音書にも同様の記述がある)。しばしば「目には目を、歯には歯を」と訳されるが、この条文の目的は、いわゆる同害報復を要請するものではなく、無限な報復を禁じて同害報復までに限度を設定することであるので、誤りである[要出典]。195条に子がその父を打ったときは、その手を切られる、205条に奴隷が自由民の頬をなぐれば耳を切り取られるといった条項もあり、「目には目を」が成立するのはあくまで対等な身分同士の者だけであった。wikipedia参照

これに基づくと、たぬきと人間の立場は対等ではないために酷い殺され方をしても問題ないと読み取る事かできます。現代では動物にも権利がとか、屠殺する場合は痛みを感じさせない方法でしなければならないなどありますが、昔ばなしの時代ですとそんなの関係ないって事でしょう。

だから、惨くおばあちゃんを殺害したたぬきはこの観点から見ると、立場が人間より低いのであるからして、より一層の悲惨さを持って処刑されなければならなくなるのです。

おじいちゃんが途中から出てこなくなるのですが、殺されたおばあちゃんを食べてしまって精神的負荷が大きく、立ち直れないなどの理由があるのでしょうが、実際は動物よりも地位的に上位にいる人間が仇討ちの為に自ら手を汚す必要が無いとの意味合いが含まれているのでしょう。

時代劇で裁きを与える代官が自ら罪人を張り付けにしたり、市中を引き廻したりしないことと同じです。

だとしたら、うさぎは処刑人として人間に育てられていたのかもしれません。それとも、人間と契約して秘密の稼業として生計を立てていたのでしょうか?疑問は残ります。

スッキリしない話

最後にたぬきが殺されてなんとなくスッキリするんですが、殺されたおばあちゃんは生き返りませんし、おばあちゃんを食べちゃったおじいちゃんはPTSDでこの先自責の念にさいなまれる事でしょう。

うさぎは一仕事終えておそらく満足であるから、うさぎだけが利益を得ることが出来たのでしょうか。

懲罰的な因果方法の話としては納得できるのですが、現実社会で行われたら誰も救われない話になる事でしょうし、実際似たような事件はいっぱいあります。

しかし、こんなカニバリズムと、格下の卑下する相手にたいしては仕返しならば無残に残虐に扱ってもいいとなる内容を、愛らしい作画でごましながら子供たちに伝えてよい物なのでしょうか?これこそ有害図書ではないのでしょうか?

この本に収録されています。いろいろなお話が入っていて楽しいですよ。

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